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日本の風景に魅了された昭和14年生まれのアーティスト北川欽造

北川さんと絵画との出会いは幼少期

初めて「絵」というものを教えてくれたのは父だった

墨をすって、その筆先から次々に描かれるその風景や動物はまるで

子供の頃の北川さんからすれば、まるで魔法のようであった。

 

以来、父の目を盗んでは見よう見まねで墨をすり、毎日のように絵を描いていた。

これが絵画との出会いであった。

 

 

 

~1st Turning Point~

小学校に入った北川さんはいたずら好きで、毎日のように先生に叱られていたが、

ある美術の授業で「家庭用品」を題材にデッサンを描くことに

これが北川さんにとって大きな転機となる。

 

北川さんが当日題材にしたのは

父が経営していた店の片隅に転がっていた、「へこんだやかん」であった。

普通に考えれば、まん丸の綺麗なやかんの方が描きやすい。

しかしいざ北川さんがその「へこんだやかん」を描いてみると

へこみ具合、年期の入った色合いがとても細かく表現されており、

いつもは毎日毎日叱られていた先生からも、その絵を見た時だけは、

頭を撫でられ、何度もなんども「北川!すごいな!」と褒めてもらった。

 

そのとき北川さんは本当に涙が頬を伝うほど嬉しく、

それがきっかけとなり益々絵が好きになり、魅了されて行くように。

 

しかしその想いとは裏腹に、それ以来北川さんは絵とは時間的にも気分的にも無縁となってしまう。

小学生ながらも時間があれば家業の手伝いをし、大学に入ってからも授業の合間に時間を見つけては家業の手伝い・・・

そんなある日、絵を教えてくれた最愛の父を交通事故で亡くし、北川さんが後継者として家業を継ぐことに。

以降、ますます自分の時間が取れず、絵を描くことはなくなったという。

 

 

~2nd Turning Point~

その後も北川さんは仕事に明け暮れる日々を送り、35年が経った50歳を迎えたある日、

北川さんは再び絵と運命的な出会いをする。

 

家業を少しずつ息子や仲間に任せられるようになり、

ふと自分一人の時間ができ、山登りに出かけることに。

 

一人で清冽な沢を分け、高山を攀じ登っていた

そんなとき、絵筆を動かしている絵描きに出会ったのである。

 

そのときの北川さんは自分自身は登山で自分の命を守るのに精一杯なのに

この絵描きは、なんという格好の良いものだと思った。

 

それがきっかけとなり、北川さんは40年ぶりに筆を持ち、絵と再び対峙するようになった。

一人で登山に出かけては、気に入ったポイントを見つけては、

リュックに入っているスケッチブックを取り出し、気のすむまで絵を描き続ける。

その姿はまるでいつまでも描きたりず、筆を離そうとしない子供のようだ。

 

しかし油絵を見よう見まねで描いていた北川さんだが、

やはり長年のブランク、油絵への初挑戦ということもあり

自分が納得する色が出せず悩むように。

 

そんな時通い始めたのが、78歳になった今でも通っている絵画教室。

その教室で丁寧に丁寧に時間をかけ基礎を身につけ、

やっと自分でも納得のできる色が出せるように。

その後もこれまで描きたくてもかけなかった想いを発散するかのように絵を描き続ける日々を送る。

 

そして絵を本格的に描き始めて5年、還暦という節目を迎えるにあたって人生初の個展を開催することに。

その頃までにすでに120点の作品を仕上げていた。

 

開催した個展では、なんと初めてにも関わらず4日間で900人もの人が訪れ、

北川さんの作品を多くの人が知るきっかけとなった。

北川さんもまた絵を通して人に感動を与えられる喜びをこの個展を通して知ることとなった。

 

 

~北川さんの作品~

個展以来、北川さんは作品制作の際に「6つのK」を大切にするように。

 

ー自分がいつまでも何かを見て「感動できる心」を持つ続けること

ー感動できる環境が自分の周りにはあると「感謝の気持ち」を持つ続けること

ーその感動できる環境へ行くことができる「健康な体」を持つ続けること

ーそこで出会った感動を絵で表現するために「気力」を持つ続けること

ー表現した絵を見ていただけるという「謙虚な気持ち」を持つ続けること

ーその6つの行動を「継続」し続けること

 

この6つのKを78歳になった今でも絵を描くときは必ず大切にし、

「自分が感動したものだけ」を絵に起こしている。

 

そんな北川さんを象徴する作品が「富士山」の作品(これまでに200作品以上)

なぜここまで富士山を描くのかという質問に北川さんは

「富士山からは毎回違った感動を受けられるんです。

雪をかぶった富士山の白っぽさであったり、富士山を背景とした桜の白っぽさを表現したりと、

その立体感を上手いこと書き上げれた時こそ絵描き冥利につきる。

これからも色々な表情、化粧をする富士山を描き続けたいと思っています。」

78歳になった今でも富士山には年に3回行き、寒空の下キャンバスを広げ、富士山と対峙する時間を作る。

 

そんな北川さんにとって絵描き冥利につきる瞬間とは?

「油絵はあらゆる色を使わないとあかん

真っ白い純白の雪にどうやって赤を入れるねん!?ってこと

その赤の上から白を重ねて塗ると、赤色なんてどこに入ってるんや!?判らへん

だけどよくよく見てくれる人は。うわ~いろんな色が入ってるんやな~ってやっぱり思ってくれはるしね。

お~そう思ってもらえるってのが絵描き冥利!」

 

そんな28年間2000枚以上もの作品を描き続けてきた北川さんにもまだ自分で完成したと思う作品はない。

飽くなき向上心がいつまでもいつまでもその右手を動かせる

 

しかし北川さんの作品を買いたいという人も後を絶たない。

まだまだこれで終わりじゃない・・・でもサインするしかない・・・

北川さんの元から作品が巣立って行く瞬間である。

 

 

~Last Message~

最後に北川さんはこう語ります。

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父が墨で絵を描いてくれたのも、

わんぱく坊主がやかんの絵を描いて、先生が褒めてくださったことも、

夏でも寒風の雪溪の上で、絵を描いていた人に出会ったのも、

その全てが私の気持ちを奮い立たせたきっかけでした。

 

絵は、他人に感動を与え、心と心を結び合い、芸術は口ほど物を言うと思います。

 

折々にきっかけを作ってくださった天のなんと言う計らいかと思います。

心の感動は充実と安らぎがあり、芸術は人々を和やかにします。

 

そんな人に感動を与えられる絵をこれからも描き続けたいです。

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