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なぜアートには裸の人が多いのか考えてみた

芸術に関心をもち始めると、意識的に様々なアートに触れ合う機会が増えます。

美術館に行ってみたり、アーティストさんが開いている個展に伺ったり。

そんな中で、「あれ!?」って不思議に思ったことがあります。

それは、、、、

「なんでアートには裸の人が多いんだろう」

ということです。

ちょっと独学ではありますが、調べてみましたのでご報告です。

 

裸のアートと言えば

  • 作者:サンドロ・ボッティチェッリ
  • 制作年:1483年ごろ
  • 技法:キャンバスにテンペラ
  • サイズ:172.5 cm × 278.5 cm
  • 所蔵:ウフィッツィ美術館

<作品解説 for Wikipedia

この大作は、1483頃かそれ以前に、『春の寓意』同様、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ(en:Lorenzo di Pierfrancesco de’ Medici)の別荘カステッロ邸(Villa di Castello)を飾るために描かれたと考えられている。幾人かの研究家は、ディ・ピエルフランチェスコの依頼で描かれ、ジョルジョ・ヴァザーリが言及している絵画は、ウフィッツィ美術館にある絵ではなく、失われてしまった別の絵画であったろうと推測している。

また幾人かの専門家は、この絵は、ジュリアーノ・デ・メディチ1478パッツィ家の陰謀で暗殺された)の愛人シモネッタ・ヴェスプッチに対する愛を祝福する目的で描かれたと信じている。美女ヴェスプッチは、地元の伝統ではヴィーナスの誕生地だとされる海辺の町ポルトヴェーネレに住んでいた。

何がボッティチェッリにインスピレーションを与えたかはともかく、この絵は、詩人ポリツィアーノの『詩篇』において、また同じく詩人のオウィディウスによる『変身物語』や『祝祭暦』(Fasti)に見られる描写と明らかな類似性を持っている。

古典的な女神ヴィーナスは、水より出現して貝殻のうえに立ち、霊的情熱の象徴であるゼピュロス(西風)に乗って、岸へと吹き寄せられている。季節の女神であるホーラたちの一人が、花で覆われた外套を女神へと差し出している。ヴィーナスのポーズは、当時発見された『恥じらいのヴィーナス』タイプの古代彫刻から得たものである。

この絵画効果は、ローマ・カトリック教会の宗教的主題に従って、大部分の絵画が描かれていた当時の時代と場所を考え合わすと、紛れもなく異教的である。ボッティチェッリの多数の「異教的」作品が焼き尽くされた、サヴォナローラの異教撲滅の「虚栄の焼却」の炎を、このカンバス画が逃れえたということは驚きである。ボッティチェッリはロレンツォ・デ・メディチと大変親しい間柄にあり、友情とメディチの権力のおかげで、『ヴィーナスの誕生』はサヴォナローラの焚火や教会勢力の非難から守られたのである。

ヴィーナスの体や細かい補助効果は、レオナルド・ダ・ヴィンチラッファエッロの作品に見られる厳格な古典的リアリズムとは一線を画している。それが最も顕著なのは、ヴィーナスの首は現実にはあり得ないほど長く、左肩の傾きは解剖学的にあり得ない角度をしている点である。そういった描写はただ絵画において美を強調するためだけであり、後の様式であるマニエリスムに通じるものがある。

レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作がモナリザだとすれば、サンドロ・ボッティチェッリの代表作こそがこのヴィーナスの誕生と言えるでしょう。

そして今回の記事テーマでもある「裸のアート」代表作とも言えます。

そのほかにも、裸の有名作品はたくさんあります。

アート会の歴史を作ったとも言える裸アートをいくつかご紹介していきますと、

 

『裸のマハ』フランシス・デ・ゴヤ(1979-1800)

 

『ダナエ』グスタフ・クリムト(1907)

 

『赤い裸婦』アメデオ・モディリアーニ(1917-18)

このように、裸のアートは歴史上、人物画としてもっとも描かれてきたのではないかと思います。

同じ裸のアートといえども、その作風は作家によって様々で、見応えがありますね。

 

なぜアートには裸が多いのか

これについては諸説ありますが、そもそもこうした裸アートを描き始められたのが古代ギリシャの芸術愛好家だったそうです。

彼らは芸術作品としてもっとも美しく、鑑賞するのにふさわしいのは「はだか」と言い始め、

当時の作家たちは自分の絵を買ってもらうために、ユーザーニーズをしっかり拾い集め、こぞって女性の裸を描きはじめたそうです。

つまりは、カスタマーボイスから生まれたということですね。

また、今でも芸術家は裸の人をスケッチして絵の練習をします。

その理由は、やはり同じで人間の体のつくりや形ぶことが、もっとも観察力を高めることに繋がるとのこと。

「人体デッサン」とも呼ばれている正しい学習方法です。

確かに、芸術家の方々とお話させていただくといつも感じるのが「普通の人よりも観察力に優れているな〜」ということ。

見るポイントが違うだけでなく、同じモノをみていても角度や深さなど。観察の深掘りがものすごいですよね。

風景とは違って、人の体の作りは個性様々。

骨格、皮膚、体毛、関節。

柔らかい部分をどう表現し、硬く強い部分はどう表現するか。

これはやはり洋服を着ていては観察しきれないですね。

観察力を研ぎ澄ますための題材として、裸の人は最高に適しているのかもしれません。

 

観察力が石に命を吹き込む

私が個人的に現物をみて衝撃を受けたのがこちらの彫刻です。これはローマにあるボルゲーゼ美術館に所蔵されている「プロセルピーナの略奪」という作品で、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニという著名な作家さんの代表作の1つです。

こちらの彫刻もやはり男女ともに裸ですね。

驚いたのはその躍動感!まるで今目の前でそれが動いているようにすら感じる一瞬をとらえた作品でした。

そしてやっぱり芸術家の観察力には驚かされました。骨格や筋肉はもちろんのことですが、血管や爪の細部にいたるまで、もはや石でできているとは思えません。

そして圧巻だったのはバデスの指がプロセルピナの柔らかい肌に食い込んでいるのです。

この表現力はもはや神業とも言えるでしょう。

一般人が石の彫刻でなくても、紙と鉛筆にでもこれは表現できません。

いやはや「本当にこれは石なのか!?」となんども疑ってしまい、感動しました。

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